風化させない!

山形支部の被災地訪問 in宮城 報告
 
 歴史的な大惨事「東日本大震災」から4年と5ヶ月が経過しました。完全な復興にはまだ時間がかかるものの、4年前とは比べものにならないほど物理的な復旧は進みました。一方でPTSD(心的外傷後ストレス障害)により従前の生活を取り戻せない被災者は少なくありません。
 この度は、被災地「宮城県」に向い復興の現実を体感し、大惨事を「風化させない」こと、災害大国日本において「備える」機会と捉え、企画後、今私たちにできることを考えたいと企画しました。

 2015年10月3日(土)、総勢27人(山形支部16人、米沢支部7人、事務局4人)で、やまがた版でお馴染みの「丹野商店」と「髙橋徳治商店」、「石巻魚市場」などを訪ねました。

「丹野商店」

 丹野さんの工場は、すぐそばに海が見える場所にありました。工場の中に入り、塩紅鮭の作り方を説明してもらいました。ロシア産・定置綱で獲れた紅鮭は前日に解凍し、塩に漬けて3日間置き、4日目に取り出してカットし、袋詰めをするそうです。組合員のもとへは1週間で届くようです。
 市販品の多くは、塩水に漬けたもので、これだとカサが増えるのだそうです。塩だけだと逆にカサは減るため効率は悪いけれど、おいしさが全然違うので、丹野さんは「山漬け」と呼ばれるこの作り方にこだわっています。目の前の3日間塩漬けした紅鮭から出ている水分のあまりの多さに皆さん驚いていました。鮭から水分が抜け、旨味が凝縮しているのだと見学して実感できたと思います。

 「銀たら」は船上凍結で白身はクセがなくおいしいが、価格が上昇していて、来年は取り扱うのが難しいだろうというお話でした。組合員へは、要望があれば何でも言って欲しいと話されていました。私たちはその思いを受け止めて、丹野さんの魚をこれからも食べていきたいと思いました。

「高橋徳治商店」

 旧 工場跡地(下写真)は、建物はなく更地になっていました。実際現地に立ち、高橋社長と息子さんより、震災当時の様子をお聞きしました。地震後、従業員の無事を確認し最後に奥に見える山まで避難したことなど、当時の大変さが伝わってきました。

 新工場(下写真)は大変立派で、風力発電の風車、入口そばにはやまがたの組合員が一緒に植えたハーブが成長していました。工場見学では、冷凍室、前処理室、練り室、加熱加工室など見せて頂きました。毎日3~4時間かけて清掃し、最後は床も乾燥させ、衛生管理は徹底されていると感じました。

 練り室の大きな機械(下写真)は、震災前のもので、当時ボランティアの方が掃除をしてくれたものだそうです。修理に出したら、新品を買った方が安いと言われたけど、そこはやはり思い入れが違うので、新品にはせず大事に使っています。と話された笑顔が印象的でした。無添加で約40年。今も日々これでいいのかと悩みながら作っているそうです。震災後は獲れる魚も変わったそうで、都度試行錯誤されているそうです。高橋社長の製品に対しての、熱い想いがお話から伝わってきました。

  参加した方からは、「初めて参加します。これまでかわいそうで行けなかった」、「震災後加入しましたが、おとうふあげのパッケージの言葉に感動し、涙がこぼれました」、「これまで何度も訪問しましたが、復興はスピード感がないと感じている」との声や、帰りのバスの中では、「何もないことの幸せを感じました。忘れないようにしたい」、「何回でも来て応援したい」、「今日来て良かった。機会をつくって頂いて感謝したい」、「今後買いたい、利用したい」などの感想がありました。

報告/山形支部南地区担当理事 井上 幸子

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